Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

月別: 2017年1月

心の手渡し。

2017/01/31 0:00

住居が密集する地域には、町内会・隣組の「回覧板」があり、
子ども会の旗当番の「旗」などが輪番で回っている。

で、それがポスト投函や、ドアノブにぶら下げてあったりすると、前の当番者を知っているだけに、ちょっと寂しいのだ。
ババ抜きのババを引いた気分である。

「ひと言ないの?」なんて思うけど、それだとわざわざ手渡しになる。
会えば世間話で長引くし、だったら、これがベストということか。

ただ、不意を突かれた感というか、何時来られたか分からないし、傍目に留守中と分かってしまうなど、ちょっとした猜疑が湧く。

対策として、
せめて置く時に、ピンポンダッシュはどうだろ。
それだと、もっと腹が立つ。

合図を決めて、ドアを2.5回ノックはどうだろ。
それもちょっと恐い。

では、ストップウオッチも同梱して、セットして去るのはどうか。
それも面倒くさいし、爆弾を仕掛けられた気分だ。

そうなると、
ちょっとしたメモを添えることが望ましいということになる。

面倒だけど、あるなしで全く違うだろう。
『お疲れさまです。〇月〇日〇時〇分。芋田より』
ご近所さんで、芋やキャベツも置いていく気の利いた人もいると聞く。

 

仕事でもそうである。
今は、業務連絡をすべてメールで賄える。
とはいえ、事前の連絡だけで、机にボンと資料だけ積まれると、どこか寂しいものだ。
普段から、メモと飴を携行している人は、一味違う。

ご近所さんは、人間関係というしがらみのルツボである。
完全に混ざらないよう、でも固まらないよう、クリーミーな回し方が求められるのだ。

 

P.S.
襷を待つ姿より、走りながらのバトンがいい。

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多数決という不経済。

2017/01/30 0:00

分譲マンションがどれだけ難儀なものか、住んでみないと分からない。
住宅ローンを組んだ上、管理費や修繕積立金が重くのしかかってくる。

経済的な面もさることながら、手強いのが管理会社だ。

新築で一番うま味があるのは、販売そのものよりも、その後の管理である。
デベの下には管理専門の子会社があって、社長が同一だったりする。

 

そんな中、マンション管理業務主任者が一人いれば、簡単に会社を興せることもあって、中小企業がこぞって管理委託料の相場を下げて攻勢する。

そうなると、リーズナブルにして圧迫された大手は、共用の照明をLEDにしましょうとか、出費に繋がる提案をもって業者間のマージンで補うしかない。
目指すは、積立金の値上げである。

これにどう対抗するか、いわば理事長ないし理事会の物言いにかかってくる。
財産を彼らに、委託したも同然だ。

しかし、なかなか功を奏さない。
それは、「悪いようにはならないでしょ、あまり事を荒立てないで。」という住人に層が圧倒的に厚いのだ。折衝が殺生になる。

ノーを主張するのはおろか、「どっちでもいい」の意見が多く、これはどんな話し合いにでも起こり得るジレンマだと思う。

 

役員は、報酬制にしたほうがいい、みたいなことを以前書いたことがある。
しかし、失敗だった。

お金を貰うことで仕事になった。
つまり仕事はサボることで得になり、かえって関心が遠退いたのだ。
人はお金にならないボランティア精神のほうが、むしろ精鋭な働きを見せるときがある。

万力結び、八の字結び、それはそれは不可解な結びの集合体が、団結だった。
規約とか法律なんかではほどけない難儀さである。

 

P.S.
消費税アップのほうがまだ許せる。

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カフェ・俺。

2017/01/29 0:00

チェーン喫茶で、夕方にアサイーを飲んでいた。
そこで、店内にいた一人のおばちゃんが、「この珈琲苦い。ミルク入れて」と、店員に告げている。

店員が、コーヒーフレッシュを入れようとすると、「違う。違う。あれ、あれ。」なんて、機械のほうを指差す。機械で抽出するホットミルクを入れて、というのだ。

それだと、カフェオレだ。
ラーメン屋の替玉で、「スープも足して」と言っているようなものである。
どうするのか眺めていたら、店員同士「え?」と顔を見合わせて、ためらいながらも渋々足していた。

一度口につけたカップを、機械に置いている。
オードリーヘップバーンならいいけど、おばちゃんだと息を吹きかけただけでも嫌だ。
店員が若い女の子たちで揃っていたから、母の年齢を超えたような人からのお達しで、従わざるを得ないところがあったのだろう。

 

タクシーに乗るときなんかは、運転手さんに、
「業務で気苦労はありますか」みたいな趣旨の話をふる。
すると概して、年配のお客さま、特に60超えほど威張り散らしてくるから嫌だ、という話が返ってくる。
道で挙手する人がそれと分かったら素通りする、という運転手さんもいた。若い人のほうが、お行儀がいい、と。

意外である。
紳士淑女のイメージとは程遠いではないか。

寂しい、構ってほしい、なのにうまく嚙み合ないという場面は多々あると思う。
だったらそんなお客さまに、苦笑いなんかしてないで、ムスッと無視しておけばいい。

嫌なものは嫌、ダメなものはダメということを毅然とした言動で伝えることだと思う。
時には、逆にしかりつけてもいい。
いたわる気持ちが根底にあれば、相手にも伝わるだろう。

冒頭のおばちゃんも、要望が叶ったものの、どこか物足りなかったかもしれない。
もう少し気迫を出しなさいという、ある意味で若者へ向けた老婆心である。

 

P.S.
『羅生門』の老婆のくだりが、記憶から離れない。

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きな子ちゃんの餅つき大会。

2017/01/28 0:00

小学校行事で、恒例の餅つき大会がある。

お母さんたちから「ぜひ、参加してください!」なんてしつこく声がかかるから、よっぽど人手が少ないのか、ちょっと見に行ってみた。

しかし、目に余る光景だ。
お母さんたちが、ビニール手袋をして、つきたて餅をちぎって丸めている。
「ここは、工場ですか?」と訊けば、「ノロウィルス対策らしいです・・」と、ノロウィルスに祟られたような声で返す。

それならスーパーで買うし、身近なお母さんたちの素手だから、いいのに。
少々の汚れも愛嬌だし、どうぞ、ノロウィルスでもロタウィルスでも構わない、と思うのだが。

 

気を取り直して、さぁご試食である。
しかし、一人一個しかない。
「ここは、品評会ですか?」と訊けば、「ノロウィルス対策らしいです・・」。

すると、ある児童が「ゲホ!ゲホ!」と喉に詰まらせた!
周囲の目がパッとその子に集中する。口が黄な粉だらけだ。
餅一個では足らず、お腹を空かせて、目の前の黄な粉だけを口にほうばったらしい。

以後、そんじゃそこら児童たちによる「ゲホ!ゲホ!」の合唱である。

「そもそも、黄な粉だけですか?」と訊けば、「昨年までは他に、醤油、大根おろし、あんこ、が用意されていました。ノロウィルス対策らしいです・・」。

それは関係がない。もう頭に来た。
何に頭に来たかと言えば、あんこが無かったことにだ。
もし、自分が保護者責任者だったら、もち米10kgに対して、あんこ1トン用意するのに。
もとい、1トンは気味が悪い。せめて、昨年より+1華やかにする。

 

よくこれで、「来てください。」なんて誘ったなぁなんて思う。
で、最後の懇親会では、「お餅一個では子どもたちが可哀想です。」なんて先生に答申している。

それがズルい。
人前ではいくらでも、苦情が言える。正しさを主張できる。

きな臭いコーデだ。
触らぬ神に祟りなしと言うが、やっぱり、ビニール手袋は欠かせないとつくづく思った。

 

P.S.
31アイスに「ぜんざい」。前向きとは「意外性」である。

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人標登録。

2017/01/27 0:00

手あたり次第に商標登録をかける会社が記事になっていた。
ある程度ブランド化した名称に、年間1万件も出願しているというではないか。

商標登録は至って簡単で、1万円程度と合同庁舎とのちょっとした格闘で取得できる。わざわざ弁理士に依頼しなくてもいい。

ただ、あれは同時にロゴも申請する必要があったと記憶している。
たとえば、「ピクミン」と登録するなら、その呼称だけでなく、外観も必要になる。
あとジャンルも決めなくてはいけなかったはずだ。

当然、手あたり次第となると、単なる黒文字を並べたものだから、類似の蓋然性がない。侵害の和解金を取るビジネスなんていうけど、訴訟になれば、一笑に付されて敗訴だろう。

でも、実際にやっているから凄いなと思う。

 

昔、暇を持て余して、自分の名前を出願したことがある。
いろんな追加手続を経て30万円くらいかかったけど、「名前が全然ブランドではない」との理由で保留になった。
いや、正確には「留保」だ。役所は、なぜか文字を逆にしてくる。

呼称も「称呼」だし、容認も「認容」、他にもたくさんあるけど、
それは、彼らなりの言葉に対する誇りがあるからだろう。

普通の人たちが発する言葉も、何某かの影響を受けていて、
ほとんどがテレビや新聞、書籍が一般的である。

格言や箴言などもそうで、それらを引用して言葉を発するときは自信満々である。
でも、それは単なるウケウリだ。

自分の頭の中だけで思ったことは、往々にして前例がない。
だから、恥ずかしい。
でも、それをちゃんと言動に移して露呈できる人は、評価される。

「知らないのなら、そういった言動に出るよね。」と、分かる人には分かるし、何より、やっている本人が実が一番分かっている。

「恥ずかしくないの?」なんて聞かれた日には、はなはだ心外である。

 

P.S.
例外でも、必ずそれを真似をする人がいる。だから先駆けは面白い。

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幻想のゲーム。

2017/01/26 0:00

ゲームソフトと攻略本がセットで売られていて、
子どもたちも、それを楽しそうに興じている。

昔、ファミコンのマリオで、段を降りてくるカメの甲羅をうまく蹴って、無限1UP(命)できる裏技があった。
しかしこれも、ファミ通という雑誌のウケウリである。
死なないジャックバウアーみたいになって、全然楽しくなかったことを思い出す。

ちょっとしたヒントが落ちていて、
試行錯誤しながら、キャラクターが強くなっていく流れが一番面白いのだろう。

 

SNSの友達リクエストで、成人ホヤホヤの人たちが、やたら一括千金を狙う姿が散見される。
無限のお金を握れば、きっと強くなれるに違いないと思っているのか。
そこに女性まで加担しているから、やや残念である。

ネットを駆使し、繋がりを持ちながら、ビジネスをゲームと化して裏技を模索していく。
しかし大抵は、長時間のゲームにハマった子どものように、のぺーとした表情をしているものだ。

では、書籍などで知見を広げるといった下積みが大事なのかといえば、そうではない。

インプットした後にアウトプットしたくなる、なんていうけど、実際はどうだろ。
インプットしている人は、死ぬまでインプットしているし、アウトプットしている人は、ずっとアウトプットしているではないか。
知識に関係なく、思考はいくらでも鍛えられるからだ。

 

最近、思ったのだが、
出会った人の名前の漢字に、ヒントがあると思う。

役所の窓口の人でも、配達ドライバーでも誰でもいい。
例えば、「森」であれば、過去、森に関連することはなかっただろうか。

目の前に突如現れたもの、つまり自分の意思が及ばないところに、繋がりがあるのだと思う。

そんな、自分だけが作ったシナリオのゲームが出来上がるまで考え続ける人は、通な生き方だ。

 

P.S.
「思考」と「継続」のセットを、信用ゲームという。

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とにかく完了しました。

2017/01/25 0:00

「会員登録が完了しました。」なんて書かれた、ペラペラ紙一枚が届く。

確かに先日、ネットで商品を注文した憶えがある。
しかしわざわざ、そのために配達記録で送るなんて、ムダな経費だろうに。

一つひとつのアクションに、すべて通知を送る気だろうか。
そうなると、トヨタに新車を注文したときなんかは、大変なことになる。

〇月〇日:「今、パネルの取付けが完了しました。」
〇月×日:「今、エンジンの装着が完了しました。」
〇月△日:「申し訳ございません。不手際でタイヤが3つしかありません。三輪でもよろしいでしょうか。」
〇月□日:「先日は失礼しました。お怒りはごもっともです。やっぱ車は四輪ですよね。今が正念場です。あともう少しです。」

さっさと納車しなさい、という話になるだろう。

 

他方、こんな話もある。
債務者の銀行口座に差押えをかけたとする。
事前に「今から取り立てに行きますので準備ください。」と銀行へ電話すると、「確かに命令書だけ来ています。しかし今後の流れが、裁判所から別に通達が来るはずです。」なんて一蹴される。

「もう、来ませんよ。そのペラペラ紙一枚だけですよ。」と粘っても、「個人とは交渉できません!」なんて完全にテロリスト扱いだ。
銀行の支店長クラスでも、正規の手順を知らないのだ。

同じ職場に長く勤めていると、自分より知っている者は他にいない、と決めてかかる。
だのに、外部のアクションをやたらと求めたがる不思議な傾向だ。
それは普段、自分たちが、お客さまにたくさんの書面を送り付けているからだろう。

信用があるものは、簡潔で、しかも一回限りだ。
言葉だって、少ないから重みがある。

プロとアマの違いだと思う。

 

P.S.
〇月▽日:「スマート・スマイル・スピーディアフターサポート会員登録が完了しました。新車の乗り心地はいかがですか。」

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ナチュラルボイス。

2017/01/24 0:00

朝起きれば、久々の雪景色である。
サラサラのおしろいで身を包んだ地上を、朝陽が照らしていた。

年に数回あるかないか。
こんな絶景でも、もし毎日だと、飽き飽きしてくるだろう。

饅頭屋の甘い匂いも、毎日嗅ぐと頭が痛くなる。
鳥皮屋から立ち込める煙も、最初は香ばしくても、だんだん腹が立ってくる。

化粧をバッチリきめた女性だって、最初は「おっ」と思っても、
夕方頃には、化けの皮が剥がれてくるではないか。

相手の顔色を窺う、なんかマイナスのイメージがあるけど、
しかし顔色は、信号機と同様、人間関係の交通網を整理してくる大切な判断材料である。

 

では、声はどうか。
声色なんて言うじゃないか。

昼間、CDを予約するために、TSUTAYAに電話した。
受付の女性は、それは美しい声で礼儀正しい人だった。

電話を切った後、「いい声だったなぁ~」なんて余韻中の一時間経ったくらいに、またその店から着信が入ったではないか。

「はい」と出ると、電話口から「おっ!?」と聞こえる。
中年の男性かと思ったら、さっきの女性だ。間違い電話だったらしい。
そんな声がどこから出てくるのだろうか。さっきの声は雪と一緒に溶けたらしい。

顔も声も、できる限り素に近いほうが無難である。
積雪が溶けないのは、周囲が冷ややかだからだ。
スッピンかドッキリか分からないくらいのウッスラのほうが新雪である。

 

「CD到着しまたら、ご連絡いたしますので~」なんて恥ずかしそうに声が翻っている。
ドラマ『古畑任三郎』に出演した山口智子のセリフと声色をマネしたくなる。

「それ、さっき聞いた~」

 

P.S.
男性は年を取る度、プライドに厚化粧。

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メタルスランプ。

2017/01/23 0:00

子どもの頃、ファミコンといえば、『ドラクエ3』が流行っていた。
今でも、まだシリーズ化している。

ドラクエ1が出た当初は、「ふ~ん」なんて思っていたけど、あれだけマスコミに取り上げられると、買わずにはいられなかった。

その後、「4」からはパッタリやらなくなった。
「Ⅳ」なんて書かれても、読めなかったのだ。
次の5は一つ上なのに「V」で、左の「I」が一つ減っているではないか。

「Ⅱ」はかろうじて読めるから、「3→2→1」と戻ってやってみると、これがなかなか面白い。まさに、「両親→母親→独立」のように成長する子どもの姿だ。

 

海外ドラマ『24』なんかも、3までは楽しめても、4以上になると、「どうせジャックは死なないんでしょ」と、だんだん「バカらしい」という感情がこみ上げてくる。

他人が作った製品である以上、どうしても「やらされている」感が拭えないのだ。
森羅万象、3回目で見えないものが見えてくる。

メリットを10個上げるときなんかも、3つまで調子良く出ても、4つ目から「こじつけ」感が出る。それこそ右か左に付け足す違いくらいだろう。上に付ければ、ただのカツラなのだ。

 

四季だって、寒い、暑い、適温の究極3パターンだし、
喜怒哀楽なんていうけど、アシュラマンの顔は3つである。

だから、「4」をなんとか作ろうと、人は躍起になる。
けど、結局ダメだった。つまりは、四つ目が単なる願望だからだ。

限られた枠の中で、下に掘るしかなさそうだ。
しかし、土しか出てこない。しかも途中から固くなる。
水で湿らせても、一向に柔らかくならない。それは苦しく辛いものだ。

愚行も3回繰り返して、残土に僅かな金があることを知るのだ。

それが自分ブランドであり、勇者の姿だと思う。

 

P.S.
大学、就職、結婚、の1・2・3人生。

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「ピザ」の斜塔。

2017/01/22 0:00

たまに宅配のピザを食べたくなる。
ネットの『出前館』を経由して、最寄り店舗へ注文するとすぐに来た。

爽やかそうな好青年だ。
今まで見た配達員にはいない、なかなか利口そうな顔をしている。

訊けば、大手住宅メーカー勤務の経歴があって、二級建築士の資格も持っているそうだ。
ちょっと珍しくて、色々と話し込んでしまった。

 

戦力のほとんどが大学生アルバイトで占めていると。
業務中、新人君にちょっと強く教えるだけで、翌日すぐに「ぶっち」するらしい。
で、「言い過ぎた」みたいに低姿勢で向き合うと、また元気よく出勤してくるという。ピザの生地みたいだ。

おつりの間違いもよくあるという。
許容範囲であれば、会社が損金として処理するらしいけど、範囲も何も、1円でも合わなければデリをした本人が自腹を切らないのだろうか。

駐禁の罰金、営業バイクの軽微な事故でも、全部会社がカバーするらしい。
すばらしい職場環境だと思う。

今は労働者がとてもよく守られている。
組合や、労働基準監督署も大忙しだろう。

 

でも、これらは賃金を担保するためだけに存在するのであって、動機としては充分だろうか。肝心の「労働の質」を心配してしまう。

ポスティングのバイトにしても、反響が無ければ無給という時代が、昔は本当にあったのだ。だから、本人たちは意地になって工夫した。

ブラック企業なんて言葉があるけど、一流の上司が放つ言葉は、往々にして理不尽だ。
理不尽というより、ただ言葉足らずなだけで、
解釈している側に問題がある。

じゃあ、一つひとつ丁寧に説明してくれる人は二流なのかというと、全くその通りで、面白味に欠けてしまうというだけの話である。別に善悪の問題ではない。適応と順応の違いくらいだろうか。

顔は二枚目がいいし、ピザも二枚目無料が嬉しい。
それだけ「2」は、安全で楽である。

そのぶん、一流がひときわ異彩を放ってくる。

 

P.S.
一級建築士は、二級の100倍難しい。

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1...最後
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