Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

君の声。

2017/04/11 0:00

飲食店なんかで、親子でじゃれ合ってる家族を見掛けると微笑ましい限りだ。
「あら~、よっちよちよち~」
どこからそんな声が、というくらいに、お父さんのあまーい声が店内を包む。その子も「キャッキャ」言って嬉しそうだ。

それにしては、あまりにもべったりである。ムツゴロウ先生といい勝負だ。
近寄れば、他人の自分までも抱っこされかねない。いや、一回くらいなら抱っこされていいかもしれない。そんな空気だ。

単身赴任中でたまたま帰省しているのだろうか。
つい会社の机に家族の写真を飾ったばっかりに、他店に飛ばされたかもしれない。
つい上司よりも、いい家を建てたことを同僚に自慢したばっかりに、ローンが払い終わる頃にしか帰れなくなったのかもしれない。

こういった光景を見るたび、要らぬ心配をしてしまう。
仕事上、自分は単身で赴任してくる旦那さまをたくさん見てきた。
もちろん環境に馴染んで働く人がほとんどだったが、それでもやっぱり脱落する者が僅かながらにいる。

そして、その少数派のほとんどが途中の仕事も放棄して、社宅の家財道具も残置して突然逃げるのだ。
そこで一番印象的だったのが、逃げた者の9割は、家族の写真も置いたままにしていく事実だった。最初は不思議でならなかった。
逃げるにしても写真一枚くらい、かさばらないだろうに。
後片付けをしながら、「写真だけでも持って行けよ」なんて思っていた。
家族の元に帰ったわけでないことは、なんとなく察することができたから「今後どうするつもりだろうか」なんて、心配していたものだ。

しかし今思えば、それは傲慢だったのだ。
逃げる人だって、相当の決意があったに違いない。
夜、疲れて社宅に帰っても、一人ぼっちだ。家族の写真を見て、なんとか頑張ろうと自分を奮い立たせる。それでも、やっぱり限界だった。
つまり、その人も傲慢だったからだ。

自分がいないと家族が路頭に迷う、大黒柱である自分だけが頼りなんだ、なんていう発想自体が傲慢なのだ。それに気付いたのだ。

家にいつも居るお父さんがリビングでしかめっ面だと、それはそれで面倒くさい。
でも遠くにいても、生気の抜けたお父さんを想像するだけで、子どもは居た堪れない気持ちになるのだ。親子の気持ちは伝わるということだろう。

逃げる前夜、きっとこのお父さんの耳元で、子どもが囁いてくれたのだ。
「自分らしく生きなよ」って。あのときの、あまーい声で。

その日だけは、楽しい夢を見たに違いない。
そして朝、そのまま駆け出したのだろう。

夢の続きを追い求めて――微笑ましい限りだ。

 

P.S.
お父さんも、キャッキャ楽しもう。

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