Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

かし折りの効能。

2017/04/04 0:00

愛車や家を売るなら、一括査定・お見積りサイトがある。
他には、リフォーム、引越し、生命保険、ピアノ、太陽光発電、など多岐にわたり、会社のロゴ・HP制作などは、コンペ形式で一括して全フリーランサーに提案をかけることができるマッチングサイトがある。

これらのサイトは、随分定着してきたし、おかげで面倒な商談を回避でき、一応の相場査定金額を知ることができるようになった。さらに今は、申し込むだけでポイントまで還元されるシステムまであって、まさに消費者天国である。

誰しもが、これだけ「一括」を好むのに、支払いのときだけはことさら「分割」にこだわり、一方、人に会って話すことに関しては、言い訳してでも逃げ回るのに、怒るときだけは、「一喝」しようと必至に会って話そうとする。

さて、これらのサービスについて実際のところどうなのだろうか。
営業マンを選り好みしながら、平身低頭で訪問してくる瞬間を至福としている人もいるから、それはそれで需要があるのだろう。

ただ、一度、依頼の送信ボタンを押せば、その後は、電話とメールの嵐である。
「一括」とは聞こえはいいが、丸投げというよりも、個人情報「丸出し」を意味し、気持ちのどこかで、戦々恐々としていないといけない。連絡が全くこない業者が1社でもいれば、それはそれでずっと落ち着かないだろう。最後は1社に絞るのだが、途中までは、5社くらいと同時進行で受け答えする必要があるから、結構な時間を取られてしまう。

いざ仕事が開始されても当然、ぞんざいな扱いを受けるだろう。
高価な動産や不動産を売るなんて行為は、一大イベントなはずなのに、それを知り合いや友人に相談できず、やみくもにオファーを出しているのだから仕方ない。

しかも、業者やフリーランサーは当然、二流であるということだ。
たとえ名の通った企業であっても、ちゃんとその会社内部の窓際族部門の営業マンたちが控えているのだ。お互いさまである。

取引の相手と会わない利点を享受できるのは、実は、業者やフリーランサー側のほうで、仕事が最終局面を迎えるにつれ、どうしても会って話したくなるのは、消費者のほうなのだ。

結果、これらネット上で完結するサービスは、一つの教訓を得ることになる。
自分にとって一流の営業マンとは、貸しがある友人、もしくはその友人の紹介だということに。

車だと、名の通ったオークション会場に加盟している車屋を経営している友人、不動産だと、会員制スタイルで不動産屋を経営している友人、他仕事の依頼に関しては、直接クレームが言える同じ市内に住む友人にお願いするべきなのだ。

普段からこまめな気持ちの上での貸しが欠かせないということになる。
それは、一括とか分割の類ではない。リボルビングのような一定さだ。

 

P.S.
元旦に一括初詣ではなく、年中を通じてのこまめな参拝。

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