Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

千姿万態。

2017/04/03 0:00

コンビニのレジで、商品を袋に入れるとき、なかなか緊張するようだ。
レジ係のバイト君たちの、その入れ方は千差万別である。

先日、「冷たい商品と、温かい商品を別にしましょうか?」と訊いてきたスタッフがいた。この人は、けしてトンチンカンなのではない。常温をこよなく愛する人か、お腹が弱い人だ。

雑誌を買ったときに、冷たいペットボトルと一緒にされても、けしてトンチンカンではない。そのスタッフは読書をしない人か、下敷きあるいは間仕切りと見間違えたのだろう。

納豆や卵焼きを買っても、箸を入れてくれないときは、そのスタッフは普段から手で食べる人だと思えばいい。
プリンを買っても、スプーンを入れてくれないときは、プリンは飲み物と断定しているか、家でプッチンプリンをしなさいという啓示なのかもしれない。

逆に多く入っている場合もそうだが、饅頭にスプーンが入っていたり、サンドイッチに箸が入っていたり、パン屋みたいに、一つひとつの商品を包まれたら、それはそれで、人は怒るだろう。それは自分のことを気にかけてくれていないと分かるからだ。

このバイト君たちが、唯一自慢できることいったら、まさに商品をレジ袋に入れるときではないだろうか。その商品にはどのカトラリーを附属すればいいかなんて、承知の沙汰で熟練している。にもかかわらず、箸やスプーン、ストローが入っていないのならば、お客さま側が相手の仕事ぶりをちゃんと見届けて上げていないからだ。
視線でずっと気にかけてあげれば、スタッフは思わず、「お箸、何本お付けしましょうか」と聞くフリして、表情を必ず確かめてくる。

外を眺めたり、別の商品を探しに行ったり、早くしてくれよオーラを出したり、余計な動作はしないほうが賢明である。うしろをキョロキョロ振り返れば、余計な商品を買わされるのだ。

これは仕事の商談にも当てはまるだろう。
ある業界で、そこそこ名の通った営業マンを知っているが、その人は、けして販売が得意なほうではない。むしろ流通に無知なほうである。なのに、なぜか次々に件数をこなしていくのだ。一度会って話す機会があったから、掘り下げてみた。

その人は自分が話し終わった後、つまり攻撃した後の後攻においては、徹底して守備に回る。ノートパソコンを出したかと思ったらそれはシステム手帳で、相手の会話をそれに時折メモしているのだ。

雑談するなかで気付いたのは、相手の話を一切さえぎらず、見守ることだった。
それは、買った商品問わずに、おしぼりが入っているような優しさではなかろうか。
面談だって、時間という命の断片をちょうだいするのだから、「いただきます」「ごちそうさま」がある。最初から最後までを重んじているから、相手もまた会いたくなるのだろう。

それは「千」から「万」。相手に属する固有の数字、本数を知る術なのかもしれない。

 

P.S.
沈黙という会話のすき間に「気持ち」が入る。

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