Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

知的な檻。

2017/04/01 0:00

公園に行けば、犬に吠えられ、猫と目が合えばあくびをされる。
自分は、そこまで動物が好きではないから、動物も自分のことが好きではないのだろう。お互いさまである。

それなのに、三カ月一度のペースで、アフリカンサファリパークに行くようになった。現地まで、結構な道のりだが、行くだけの価値は充分にある。

壮観な野生ゾーンにマイカーのまま乗り入れる方法、もしくはジャングルバスに乗り換えるのかを選択できる。護送車のようなバスに乗って、中からエサを与えるお馴染みのあれだ。
動物園では、動物たちが檻に入っているけど、ここは人間が檻に入って移動する。

そして、何が面白いかと言えば、運転手さんによる生のナレーションだ。
むしろ動物を見るより、楽しいくらいである。

それは、ある程度マニュアル通りだろうけど、リズミカルな言葉のなかに、今のはアドリブだなとか、昨夜考えた渾身のセリフかもとか、聞くたび「へェー」なんて思わず声が漏れてしまう。その人の話を聞いていると、動物が好きなんだなぁと分かるし、一方では、全然やる気のない平板なスタッフもいて、動物たちにもそれが伝わるから、ハズレの運転手さんが停まっても、動物たちが群れでは近寄ってこないし、ライオンは体当たりで攻撃してくる。動物からすると、敵が一頭でもいれば、全員敵でありエサなのだ。まさにそのときは、エサがエサを与えている姿だろう。

 

「象は、かなり賢くて、一度見た人間の顔を一生忘れません」
「サイの視力は30センチ先しか見えてないことはよく知られていますが、耳は1キロ先までよく聞こえています」
動物もすごいが、人間だって、すごい洞察力を天から授かっているといっていい。
ウソはもちろん、虚勢を張ったり、いくら熱弁をふるっても、他人のことだったら、「今のはウケウリだな」なんて、地球の裏側までお見通しだ。その代わり、距離0の自分のことになると、まったく見抜けないでいる。

翻ると、他人から見た自分がすべてであり、それは透明の檻に入れられているイメージだろう。
檻の中での、普段の振る舞いを鑑みて、そこから出してあげるかどうかを判断されているといっていい。つまり相手を認めないと、自分も出してはもらえないという意味だ。

ハイエナに関していえば、実は、どの動物よりも狩りを率先する努力家で、体のデカいライオンたちが近寄れば逃げるしかない。去った後のその残滓を食べる姿から、そう間違った印象が付いてしまったのだ。
けど人間は、誤解や軽信をいくらされても構わないのだ。

一番怖いのは、研鑽を怠ったばっかりに、柵越しに何を話しても、相手にされずあくびされるときだろう。
だとすると、レベルを上げないといけない。たくさん勉強しないといけない。肝要なのは、知的のリズムである。

ちなみに、ハイエナの情報もウケウリだけど。

 

P.S.
人間同士、みんなが生徒役であり、先生役。

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