Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

小さな小さな珈琲カップの訓戒。

2017/03/24 0:00

県下の辺鄙な田舎街まで足を運び、一度も入ったことがない喫茶店に入ってみた。
かなり瀟洒な造りで、内観も品格が漂い、二流のお客さまに入る隙を与えないお店だ。自分は、はばからず堂々と、奥の隅っこのテーブルに座った。

カウンターの向こう側に、お店の女性がひとり立っている。淑女で、美しい端正な顔立ちだ。しかし、その女性と、どうもさっきから自分と目が合う。見つめられるのは毎度のことで慣れているが、あからさまなところからすると、よっぽど酔いしれているのだろう。

注目するよりも、さっさと注文を取り来てくれという感じで目を合わせると、その女性は、ゆっくりと歩み寄ってきた。顔を上げて間近で見ると、幾分目じりの皺が目立つ。思ったより年上だ。もう少しオブラートに言うと、完全に老け倒しているイメージだ。
さっきは、カウンターのバックを彩るステンドグラスたちが総動員して、顔の皺を煌びやかにごまかしたのだ。
場面的には、一応、かっこつけるところだ。
「エスプレッソを」と軽やかににオーダーした。

待っている間、窓の向こうの中庭テラスに目をやる。誰もいないところに、ポツンとひとつだけ静謐そうに置かれたテーブルが、昔一度、自分がそこに座ったことがあるような不思議な感覚におそわれた。

「エスプレッソです」
思索にふけって気配を感じ取れなかったのか、女性の小さな声でも、ドキッとしてしまった。パッと姿勢を戻し、カップを見てさらにドキッとした。カップごとマシンで圧縮したのですかというくらいに小さい。

それにしても、時間がゆったり過ぎていく店内だ。
早かったのは、一秒で飲み干した空のカップだけだ。
すると、さきほどの女性がまた歩み寄ってくる。きっと、おかわりのお伺いだ。ありきたりな接客である。

すると、「平くんよね?」
そう。僕は平くん。さっき、チェックインするときに、そう名簿に書いただろう。それにお客さまに向かって君付けで名指しするとは、どういう了見だ。いやまてよ、ここは喫茶店だ。名簿なんてない。我に返って、サッと体ごとその女性のほうに向けた。
「私、〇〇よ。憶えてる?高校一年のとき同じクラスだった」
満面の笑みで、こっちを見ているが、同い年であることに動揺してこっちは満面の破顔だ。
大体なぜ、こんなところにまで同級生がいるのだ。しかしそこは紳士である。
「うわ~、全然、気付かなかった。綺麗過ぎて!」と取り繕った。
「うわ~、全然、その喋り変わってないね~」と彼女が返す。

 

ともあれ、同級生と出くわしたということは、自分の成長を見に来たということだ。せっかくの珈琲を薄っぺらな紙コップで飲むのではなく、重厚で深みをもちなさいという神の啓示なのではないか。

彼女が言った。
「だいぶん前にも来てくれたよね。すぐわかったわよ」
動揺が頂点に達し、「あり得ない」と言うつもりが、こう叫んでしまった。
「ア、ア、アリエッティ!」

 

P.S.
音読みよりも分かり易い「君」読み。

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