Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

宇宙たばこ。

2017/03/22 0:00

たばこを棒キャンディのように縦に持って吸っている人を、最近よく見かける。
何か甘い味でもするのだろうか、当の本人たちは、ニコニコ顔だ。
傍から見てて、どうも煙が少ないようだが、焼肉、ホルモン、サンマを焼いて、煙が出なかったら怖いものである。煙の全く出ないゴミ処理場は、もっと怖い。

とはいえ、対照的に、二本指のスタンダードの人たちは、あまりにも険しい表情だ。ときには薄笑いも浮かべ、そのまま煙と一緒に宙に舞っていきそうである。

たばこを知らない宇宙人がそれを見たら、きっと前者に興味を抱き、その余の者を蹴り飛ばすだろう。だから喫煙者は分煙に追いやられ、煙に害があるというよりも、吸っている人たちの表情に害があると思われてしまったのだ。時代の流れである。

 

さて先日、子どもたちの着こなしを見て、ふと気になることがあった。
ちゃんと、Tシャツやトレーナーをズボンの中に入れているのだ。慌てて家を出たのか、厳しい親がいるのか、なんて思っていたら、どうも今のファッションとして定着しているらしい。

従来、「シャツイン」は、おじいちゃんたちの象徴で、ズームインはジャイアンツの象徴だった。でも元々は、シャツを入れないで歩くこと自体がみっともないことだったから、今のほうが正しいのだ。
小さい頃、親から「ちゃんとシャツを入れさい!」と小言を言われたときなんかは、「そんな体操服みたいな着方ができるかよ」なんて反抗していたものだが、自分はいつも体操服だったことに気が付いた。

子どもは、叱られそうなことを敢えてやるのだ。今の子どもに向かって、「ちゃんとシャツを出しなさい!」と叱責する親がいたばかりに、シャツインが流行ってしまったのかもしれない。

そういった自分の中での当然意識は、家族や周囲の影響を受けて大きく形成される。むしろ、その流れには逆らえないものだ。

誰しもが混沌のような煙の中を彷徨うことがあって、その他大勢の声を頼りに歩いていくしかないときがある。
しかし、それはまるで、ヘビースモーカーが煙を途方もなく目で追っている姿だ。

喫煙者を排除するのも簡単だし、煙を抑えることも簡単だ。
でも、自分特有の味わいを出すことは、この上なく難しい。

今は、すばらしい著名人、すばらしい音楽、すばらしい書籍など、多くの英知を簡単に手に入れることができるようになった。時にはむせたり、打ちのめされることもあろうが、倒れてもしっかり立ち上がり、たくさん吸い込んでいこうと思う。

そうすると、時代は確かに、横より縦になりつつあるのかもしれない。

 

P.S.
愛煙家は、「たばこ」。
嫌煙家は、「タバコ」。
宇宙人は、「%!&?÷#(縦のニコニコ)」。

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