Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

両手で花。

2017/03/13 0:00

どうして人間の手は、二つなのだろうか。
もし三つあれば、普段通り両手でパソコンキーボードを打ちながら、三つ目の手で、料理を口に運べる。
四つあれば、ながらでフォークとナイフまで使える。
阿修羅のように六つあれば、相手にバイバイするときなんか、かなり迫力があろう。
八つあれば、たこ焼きは一串だし、蜘蛛と会話ができるかもしれない。
十本あったら、「アニメ~♪」か、旅行の思い出写真全部を、心霊写真として投稿できる。
三百本あったら、研究所で安泰の一生を過ごせるだろう。

増えれば多くのメリットを享受できそうな気はするけど、今ある体は、神から与えられた資本だ。
普段から、その資本に応えるべく、自分の手足を活かす必要がある。

たとえば、飲食店で、スタッフが両手を添えてお釣りを渡してくるか、とても気になるところだ。
片手で渡すスタッフはもう論外だが、中には、会社側からそう教えられているのか、レシートの上に小銭を乗せて渡されるときがままある。確かに両手だ。
しかしそれだと、校長先生が、卒業証書と筒を同時に渡すようなものである。

お釣りを受け取るお客さまも、大抵、両手で受け取っている。
自分なんかは、お釣りの計算はできないけど、どれだけ荷物を持っていても、どうやって両手で受け取ろうか、常に計算しているものだ。十本手があれば、全部差し出してもいいくらいだ。
そうするには、ちゃんとした理由があるのだ。万一、1円でも落ちて転がっていこうものなら、無意識にダイビングキャッチしてしまうからだ。小銭が転がったら大ごとなのだ。前前前世は、猫だったのかもしれない。

お金を授受する場面というのは、もの凄く緊張する。
お釣りの金額が合っているかどうかではない。
その人が、優しいかどうか判然とするからだ。

銀行はともなく、お釣りがトレーで返ってくると、いささか寂しくもなる。
お釣りが見易いようにという趣旨だろうが、それだと受け取る側も片手になってしまう。

レジのスタッフが両手を添え、軽く触れられようものなら、料理もサービスも全てが最高になるだろう。
レジのスタッフが片手のぞんざいであれば、よもやその余もぞんざいに感じるだろう。
つまり、お釣りの瞬間とは、真心の両替だ。
優しさが集約がされていないといけない。

さて、横のテーブルを見ると、スマホをテーブルに置き、片手で精を出しだから、サンドイッチを頬張っている人がいる。
手が三本あったらいいね、なんて他人事ながら思ってしまう。

自分は、ちゃんと両手を使って、今から資本(シホン)ケーキを食べようと思う。

 

P.S.
高級車に乗っている紳士淑女は、両手ハンドル。

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