Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

それでよか余暇。

2017/03/04 0:00

つい窓越しから外の風景を見入ってしまうときがある。
教室の窓側に座っている学生も外を見るときは、なにか物思いにふけるときだ。

男子は、遠くを眺めて何を思うのか。きっと、隣のクラスの彼女か、晩飯のことだろう。
女子は、遠くを眺めて何を思うのか。きっと、窓に反射して映る片思いの男子を凝視しているか、ダイエット方法を模索しているかだ。

先生も「はい、4分間ね。」と生徒にシンキングタイムを与えながら、ぼんやり外を眺めて何を思うのか。きっと、放課後の参観と懇親会、仮病を使って逃げるかどうか悩んでいるのだろう。「先生、もう10分過ぎました・・」、いくら現実逃避しても、時間だけ無駄に過ぎ、周りに迷惑をかけるばかりだ。

会社でも、窓際族は、仕事そっちのけで外ばかり眺め、さらに冴えないオーラを発揮する。ダメ社員を窓側に座らせるのは、腑抜けにして自主退職させるためだろうが、かえってそのまま定年退職しそうで逆効果のような気がする。

 

自分も今、喫茶店の窓から外を眺めているが、その辺の輩とはわけが違う。
目を凝らして見ている先は、お店の横に到着した現金輸送車だ。

いかにも「現金を運んでいます!」という雰囲気を醸し出しているからだ。
アメリカであれば、そんな軽装備では簡単に強奪されるだろう。アフリカだったら腹を抱えて笑われ、現金を盗むことさえ忘れるかもしれない。映画『キャプテン・フィリップス』、奴らの現金への執着心は尋常ではない。
逆に「ロバのパン屋」みたいな移動販売で運んだほうが、意表を突いて安全ではないか。

ここが日銀ならよかったが、しがない街の喫茶店だ。
警備二人がかりで辺りを警戒しながら、現金を裏口から運ぶ姿が健気で仕方ない。
日々、己の葛藤と戦って、なんとも言い難い表情をしている。
目の前に運ばれた、注文のクラブハウスサンドに一切手をつけないまま店を出ていった回数が、1000回は超えたような表情だ。

人がなぜ悪いことをするかと言えば、考える時間を与えるからだ。
時間がたっぷりある人ほど、善行を働かないものだ。ボランティアなる人たちは、忙しい合間をぬってやって来るではないか。

くだらないことを考えるのも、暇を持て余してのことだ。
次第に、自分を見失うだろう。
人気を博す著者の本やブログを読み続けると、失意の底に落ちるときがある。かえって自信を無くすのだ。つまり、格の違いを知り過ぎるのだ。

箴言や名言を貪欲に読み込むことはいいことだと思う。
ただ、己の生活態度を改めずして、鮮度ある言葉として受け止められないだろう。

警備員たちのような表情で自分自身を見つめてみようと思う。
それが、素朴の生きるヒントではなかろうか。

 

P.S.
守銭奴より、主鮮度。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

スポンサー広告

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

スポンサー広告