Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

夢の全力投球。

2017/02/24 0:00

うどん屋に行きたくなった。
『あたしンち』で、そばにコロッケを入れる場面があったのを観て、食べたくなったのだ。

しかし連れが、寿司を食べたいという。
「冷え切った体には、やっぱり寿司だよね」、そう自分に言い聞かせ、車を走らせていたら、『スシロー』の看板が見えてきた。

バッティングセンターのような名前だ。中を覗いてみると、夕飯タイムということもあって大混雑ではないか。だが、みんなバットを持っていない。備え付けのバットは大抵へこんでいるものだ。が、それにしても、よくあれだけ並べるなぁと感心してしまう。

また車を走らせると、『くら寿司』の看板が見えてきた。今後は、倉の形をしたバッティングセンターだ。意識してないだけで、結構あるものだ。

中に入りテーブルに座ると、ぴゅん!となにかが視界を横切って行った。
「わたる」が投げたボールに違いない。この店は、お金を入れる前から、投げつけてくるらしい。
しかしバットもヘルメットも見当たらない。
連れが、「手でいく派?」なんて聞く。
「お、おー、そりゃ手さ。」と強がったものの、あれだけの剛速球を手で打つのか。
動揺を抑えている隙に、気が付けば、なぜかテーブルの上にタンタン麺がある。

困惑の中、また連れが、「帰り、『かぶり』にする派?」なんて聞いてくる。
ヘルメットを帰りにかぶるのか。それだと意味がないだろう。硬式球の恐ろしさを知らないのか。

すると今度は「しらす食べよう。」と言い出した。
やっぱり、自分を死なす気だ。呑気に、タンタン麺を食べているが、味も死ぬように辛い。そうか、味覚でやっつける気だな。辛いものを辛いとなかなか言えない心境をうまくついている。

早く逃げなければ!

――という場面で、目が覚めた。

このように、夢の中では、かい離が激しいものだ。突然、自分が総理になる日だってある。
けど現実は、毎日似たような事象に囚われ、クルクル回っているお寿司やバッティングマシーンのようで味気ないものだ。立て続けに流れてくる直球を選りすぐっているようで、実は選ばされているだけなのだ。

そういえば、高級な寿司屋は、醤油をつけて食べるという概念がない。
握る人が、その日の気分にあった味付けを施すのだ。野球だって、体力と握力のある人が投げるボールは、鉛のようだ。想いは重いとうことだろう。

煮たり、炙ったり、日々の材料や鍛錬を余すことなく表現できる技がある。
まさに夢のような話なのだ。

 

P.S.
大将の前で醤油をつけろうものなら、一貫の終わり。

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