Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

ホームランを打てない人が教えるから、ホームランが打てる。

2017/02/16 0:00

監督・コーチと呼ばれる人は、その分野において、幼少期からの輝かしい経歴をもっている。
プロ野球の監督は、当然、プロ野球出身者がやるように、指導する側には、指導するだけの体裁が必要になってくるのだろう。複雑な世界だ。

映画『セッション』も、音楽に命を捧げてきた師匠だから、弟子が付いてきた。
もし、あのスキンヘッドの師匠が実は将棋の達人だと知れたら、鼻の穴にスティックを入れられていただろう。

 

しかし、学校の部活動だと、そうはいかない。
元々学校教師だし、限りある人材だ。門外漢のスポーツを受け持つという事態はよく起こりうる。でも、これがなかなか功を奏したりするのだ。

社会一筋の先生がサッカーの顧問でも、「歴史に学べ!」とピンチの切り抜け方を諭せるかもしれない。
化学一筋の先生が陸上の顧問でも、爆発の原理や風の抵抗を諭せるかもしれない。
スポーツ、学業、どれも根底では同じなのだろう。

お金を払って、その道のプロに教えを請うのもいい。
ただ、その道を極めた者同士というのは、嫉妬にまみれ、むごい練習風景が繰り広げられることもしばしばだ。
まるで、奥さまと姑が同じ台所に立っているようなおぞましい風景である。

社員数20人程度の社長さんに威張っている人が多いのも、「もうこれ以上、才覚がないのかも」と自覚しているからだ。この規模が一番難しい。

威張る、怒るは、その人の限界値なのだろう。
それだけ、人は自分の限界能力だけは知られまいとする。
知られるくらいなら、努力や揉め事に逃げたいくらいだ。

社員は、社長を三日で見抜くけど、社長は、部下を知るのに、三年かかるというではないか。
それは社長がチビを隠すからだ。つまり欠点である。

欠点は、家の柱の傷のようだ。
背伸びをしない人は、自分の成長を確認することだけが楽しみなのだ。

欠点をさらけ出せれば、意外と単純な世界なのかもしれない。

 

P.S.
ちゃらんぽらんの同級生が、今では名物教師で野球部顧問をしている。
先にさらけ出して生きているから、「先生」になれた。

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