Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

名医たる親の宿命。

2017/02/12 0:00

数年前にできた、割りと新しい小児科がある。
開院当初は、駐車場の車も多く、活況を呈しているように見えたのだが、最近は閑散としている。

歯科医院によくいる、質の悪いヤブ医者なのだろうか。
それとも、世の奥さまが嫉妬するような、煌びやかな女性医師なのだろうか。

先日、近所に住むお母さんと話しているとき、ついでにこの件を振ってみると、「あっ、あそこはね、抗生物質を処方してくれないの。治るのが長引くから、共働きの親にはちょっとね・・」なんて言う。

なるほど。
しかし、それは良いことではないか。
モルヒネでも投与して、即日学校に行ける状態にしてくれる医者でも求めているのか。
子どもの治癒力に託した医者が、不人気になるとは、世知辛いものだ。

 

それよりも、肝心の親が、子どもにとって憩いになっているかが、問題である。

「うちの子どもは、遊びに行くとき必ず、DSゲーム機を持ち出すの。」とグチる。
三人で遊ぶのに、三人ともがその対戦ゲームに興じるという。
まるで、スマホに夢中になっている喫茶店のカップルみたいだ。確かに、滑稽で仕方ない。

「家でもゲームばっかり!全然、勉強しないの。」なんて、得々とグチる。
しかし、世の旦那さまは、奥さまたちの軋轢に、口を挟まないようにしているのだ。その証拠に、いつもウンウンと頷いて上の空だろう。
だったら子どもたちの問題も、激辛カレーでも作って、ヒーとだけ言わせたらいい。攻勢物質だ。
相手に託すのは、難しいものだ。でもそれが本物の治癒だろう。

けして、神仏に頼るのではない。ちゃんと待って上げられるかどうかである。
今を嘆くよりも、「生きていることに感謝します。」と、正座して手を合わせている女性は、美しいものだ。

その後ろ姿を見て、腰がくびれていないことはどうでもいい。
ジャンガリアンのようにまん丸で、今にも背中に縦じまが浮き出てきそうなのは愛嬌である。

菌も悪事も、じっくり味わい経験する。
それは、敬虔な気持ちを持った、すばらしい姿だと思う。

 

P.S.
大待ち小町。

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