Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

痛みの王様。

2017/02/03 0:00

今の郵便局は、進んでいる。
待合いロビーに、晩白柚(ばんぺいゆ)かと思ったら、おっぱいが展示されているではないか。

アフラック主催の乳がん予防の啓発ツールらしい。
「どうぞ、お手に触れてみてください。」なんて書かれているが、待合ロビーの座席がそちらを向いているから、人目が気になって触れないだろうに。

 

それに、触り具合よりも、本人の痛み具合のほうが肝心である。

たとえば痛風だと、走っているところに、机の角でスネを強打する痛さなんて言う。
「どうぞ、痛風を味わいください。」と書かれた札の前に、机の角と助走コーナーが準備されていれば、いささか挑戦したくなろう。
その雄姿を一目見たいと、大衆の耳目を集めるかもしれないのだ。

本当に痛がっている人というのは、さらに同じ痛みを求めたがるものだ。
歯痛で苦しむ人には、正露丸を差し出すより、歯ブラシの先でカンカン突くほうがいい。

頭痛の人のために、
「どのように痛みますか?どうぞカチ割りください。」とスイカが置いてあったら、気持ちが和らぐはずだ。

心が押し潰されそうです、という人のために、
「どれくらいですか?どうぞ押し潰してください。」と桃が置いてあってもいい。産地の固い桃じゃなければいいが。

 

人は、自分にされた同じことを他人にしてしまう。
そして、それは悲しいことだと。

しかし、そうだろうか。
痛み苦しんでいるところ、さらに追い打ちを求めているのだから、ある意味で勇敢だ。
そして、もがくだけもがいたからこそ、痛みを仕事のエネルギーに換えることできる。

自然治癒も、相当の時間と他人を巻き込むものだ。
痛みも人生の一部である。だったら、種類も富んだほうが楽しいだろう。

たまには晩白柚のお風呂で、自分の体を労わっていいと思う。

 

P.S.
鼻からスイカを出してみたくなる。

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