Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

家庭医学ポケット。

2017/02/01 0:00

散歩から帰って、上着のブレスサーモを脱いだとき、不可解になった。
上着の背中の腰あたりにポケットがあることに気付いた。
ドラえもんのポケット口は横だけど、これは縦だ。

なぜ、こんな妙な位置に付いているのか。
肩甲骨がどんなに柔らかくても、とても手が回らない。
散歩中、つばめが間違って飛び込んで来たらどうする。

たとえば、引き連れる幼子のお手てが冷えたときに、寒さをしのぐためか。
しかし、高低差があり過ぎる。

そうか、カップルで並んで散歩するとき、腰に回した手を入れるためか。
しかし、この上着はメンズだ。
逆に、女性に腰を回されては、介護に見える。

もしくは、人気のない場所を散歩したとき、恐喝に出くわしたときの策で、相手の意表を突く貴重品入れか。
しかし、これも危うい。
殴られて、うつぶせに倒れてしまったら、モロに見つかる。

 

もっと不可解なのが、五年も着ているのに、今まで気付かなかったことだ。
得てして、身近にあるものほど気が付きにくいものだ。
部屋に仰々しく、ん十年と飾られた絵画なのに、何の絵だったか思い出せないときと同じである。

どこか損した気分になった。
ポケットには、どうしても何か入れたくなるのだ。
小銭、お札、領収書、ビスケット、あとハムスター。

でも、ポケットには何も入れないのがお洒落だ、という人もいる。
あるのに、あえて入れないからカッコいいと。

他方、あるお母さんが、「最近の子ども服には、ポケットがないからハンカチの収納に困るわ」なんて嘆いていた。

得てして、しかるべきときにしかるべきものが付いていないのが世の常だ。
ポケットは、衣食住に満ち足りた身近な現状に感謝しなさい、という意味に見えてくる。

有無よりも本質が大切だった。まさに、健康コツだ。

 

P.S.
要らないのに、もれなく付いてくる「歯周ポケット」。

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