Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

心の手渡し。

2017/01/31 0:00

住居が密集する地域には、町内会・隣組の「回覧板」があり、
子ども会の旗当番の「旗」などが輪番で回っている。

で、それがポスト投函や、ドアノブにぶら下げてあったりすると、前の当番者を知っているだけに、ちょっと寂しいのだ。
ババ抜きのババを引いた気分である。

「ひと言ないの?」なんて思うけど、それだとわざわざ手渡しになる。
会えば世間話で長引くし、だったら、これがベストということか。

ただ、不意を突かれた感というか、何時来られたか分からないし、傍目に留守中と分かってしまうなど、ちょっとした猜疑が湧く。

対策として、
せめて置く時に、ピンポンダッシュはどうだろ。
それだと、もっと腹が立つ。

合図を決めて、ドアを2.5回ノックはどうだろ。
それもちょっと恐い。

では、ストップウオッチも同梱して、セットして去るのはどうか。
それも面倒くさいし、爆弾を仕掛けられた気分だ。

そうなると、
ちょっとしたメモを添えることが望ましいということになる。

面倒だけど、あるなしで全く違うだろう。
『お疲れさまです。〇月〇日〇時〇分。芋田より』
ご近所さんで、芋やキャベツも置いていく気の利いた人もいると聞く。

 

仕事でもそうである。
今は、業務連絡をすべてメールで賄える。
とはいえ、事前の連絡だけで、机にボンと資料だけ積まれると、どこか寂しいものだ。
普段から、メモと飴を携行している人は、一味違う。

ご近所さんは、人間関係というしがらみのルツボである。
完全に混ざらないよう、でも固まらないよう、クリーミーな回し方が求められるのだ。

 

P.S.
襷を待つ姿より、走りながらのバトンがいい。

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