Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

メタルスランプ。

2017/01/23 0:00

子どもの頃、ファミコンといえば、『ドラクエ3』が流行っていた。
今でも、まだシリーズ化している。

ドラクエ1が出た当初は、「ふ~ん」なんて思っていたけど、あれだけマスコミに取り上げられると、買わずにはいられなかった。

その後、「4」からはパッタリやらなくなった。
「Ⅳ」なんて書かれても、読めなかったのだ。
次の5は一つ上なのに「V」で、左の「I」が一つ減っているではないか。

「Ⅱ」はかろうじて読めるから、「3→2→1」と戻ってやってみると、これがなかなか面白い。まさに、「両親→母親→独立」のように成長する子どもの姿だ。

 

海外ドラマ『24』なんかも、3までは楽しめても、4以上になると、「どうせジャックは死なないんでしょ」と、だんだん「バカらしい」という感情がこみ上げてくる。

他人が作った製品である以上、どうしても「やらされている」感が拭えないのだ。
森羅万象、3回目で見えないものが見えてくる。

メリットを10個上げるときなんかも、3つまで調子良く出ても、4つ目から「こじつけ」感が出る。それこそ右か左に付け足す違いくらいだろう。上に付ければ、ただのカツラなのだ。

 

四季だって、寒い、暑い、適温の究極3パターンだし、
喜怒哀楽なんていうけど、アシュラマンの顔は3つである。

だから、「4」をなんとか作ろうと、人は躍起になる。
けど、結局ダメだった。つまりは、四つ目が単なる願望だからだ。

限られた枠の中で、下に掘るしかなさそうだ。
しかし、土しか出てこない。しかも途中から固くなる。
水で湿らせても、一向に柔らかくならない。それは苦しく辛いものだ。

愚行も3回繰り返して、残土に僅かな金があることを知るのだ。

それが自分ブランドであり、勇者の姿だと思う。

 

P.S.
大学、就職、結婚、の1・2・3人生。

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