Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

チュンチュンとキュッキュッ。

2017/01/18 0:00

朝が寒いのなんの、南野陽子。
それでも早朝から、目覚まし時計で起きる人もいる。

スヌーピーみたいな名の機能でアラームを幾度も鳴らせ、夢と現実の狭間で自分を奮い立たせる。

子どものお弁当を作った後、働きに出かけるお母さんもいる。
自分のお弁当は面倒だから、おにぎり1個だけ握りしめる。でも痩せない。

家を出ると、フワァーと爽快な空気が流れ、どこか体が持ち上げられた気分になる。
チュンチュンと囀るほうを見上げると、背中に苔が付着したような愛らしい小鳥に癒される。

 

職場に行けば、同僚がまたアホな話をしている。
でも、ホッとする。

人といるとどうしてこうも元気が出るのだろうか。
朝の辛さと交換できたかのような、束の間の幸せだ。

たくさん仕事をした。
ヘトヘト家に帰ると、お定まりの愚痴が出る。

「〇〇さんったら、私ばっかり仕事押し付けて!」
聞いている家族も、「うん、うん」と頷くしかない。

親がこれだけ頑張っているのだから、自分も頑張ろう。
そう、子ども自身も志をもって学校へ闊歩する。

そして、こう思うのだ。
愚痴っている人ほど、我慢強い、と。

家族や大好きな人の愚痴は、これほどまでに功を奏するのか。

窓ガラスを拭いたときの「キュッキュッ」の音と同じだ。
クラス児童がふざけているときの上靴音には頭にくるが、母のお皿を拭く音は、もの凄く安心する。

明日も、共鳴できたらいい。

 

P.S.
材料が無くても意外に作れる、「夕飯」と「自慢」。

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