Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

高橋くんとの格闘。

2017/01/14 0:00

昔は、毎年手帳を買って、日々の出来事や予定を綴る習慣があった。
役に立つと言えば立つけど、バックにかさばるし、Googleカレンダーで事足りるから、もう止めてしまった。

でも、メモ帳だけは持っている。
かなり小さいけど形見離さず握りしめ、外出するときはもちろん、家の中でも閃いたことを時々書き連ねていた。

 

ある時メモ帳を見返すと、『しょうどう買い』なんて、自分で走り書きしている。
多分、「衝動買い」のことだろう。
で、なぜそれをメモったのか、全くもって思い出せない。
「衝動買い、がどうした?」なんて自分にツッコミを入れる始末だ。

「アイデアは天からの降臨」なんて巷で言われるように、
その瞬間を逃してはならない場面があったことだけは確かだが、また天に召されてしまっている。全然、能率的じゃない。

これだと、お歳暮でいただいた要冷蔵の魚におののいて、どう料理していいか分からないまま腐らしてしまった人みたいだ。

 

言葉も食材である。
来賓が席についたとき、最高の料理を出せないと意味がない。
一つひとつ堪能できるコース料理のイメージだろう。

だったら、ギリギリまで頭の中で熟成させておく必要がある。
良き材料ほど、なおさらだ。

むしろ「忘れる」いうことは、良いことで、
旬の季節メニューとしては、まだ早すぎるという御告げなのだろう。

他方、人が話している最中だって、メモを取る姿はどこか紳士的だ。
でもそんなポーズは、かえって余談を長引かせる。

一発勝負、本気で見聞を広げてみると、メモ帳の肩身はどんどん狭くなっていく。

 

P.S.
メモらずニコニコ聞いている人が、天才。

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