Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

赤の反対は、青か白か、はたまた黒か。

2016/12/26 0:00

「前を向いて歩きなさい!」なんて、
ちょっとよそ見したくらいで、
可哀想に、子どもが怒られている。

しかし、信号待ちでボッーとよそ見して、
後ろの車にクラクションを鳴されるのは、大抵この母親である。

流れに乗っていないことに立腹する人は、
同じようなことで立腹する第三者から、時と場所を変えて怒鳴られる傾向があるようだ。

 

反対に、
三振が続いている選手に「ボールをよく見ろ!」なんてアドバイスする監督なんかは、
ちゃんと集中している人に向かって、
「おまえ、そんなボールも打てないのか?」といった、
やや冷笑的で、失礼な物言いになってしまう。

この場合、何も考えていない人から怒鳴られることで、
今後、もう考えることに拒絶反応を起こす。

学校や会社での集団生活では、こういった負の連鎖が起きるのである。

 

毎日、同じものを見聞きし、同じ顔触れになることで、
かえって見逃すものが増えてくる。

もう同じところにしか、目が向かなくなるのだろう。

新しいものを発見するときは、
凝視より、よそ見だと思うのだ。
だぶん、そっちのほうが辛く苦しいことだ。

敏腕弁護士が、云々唸っている課題に対し、
ふとした素人の助言で、閃くこともある。

それだけ、人は悩んでいるじぶんが大好きで、
その悩みを手放したくないのかもしれない。

そんな姿こそ、散漫で情けないと思う。

 

P.S.
間違いの根源は、悶々同士のコミュニケーション。

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