Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

最初はグー。

2016/12/24 0:00

この時期、役所関係に行くと、
「年末で立て込んでいまして~」なんて、
これだけ機械化が進んでも、お決まり文句だけは進化していない。

「来年になりますね~」とかも、
普通に「来月になります」でいいと思うのだが、結構なウキウキ感が垣間見える。

同じ頃、あいさつ回りが活況を呈してくるが、
「今年もいろいろ~」、「よいお年を~」、
年が明ければ、「あけましておめでとう~」なんて、
年を越すことがそんなにも一大イベントなのだろうか。
本来、年末は3月だが、そこはスルー気味である。

 

さて、話はあいさつである。
サラリーマン時代で何が一番辛かったって、社内のあいさつだった。

「あいさつは大事」と、しっかり訓示されていたが、
すれ違うたび、おはよう、おはようって
オウムのようで不自然に感じたものだから、できるだけ隠れていたものだ。

傍からすると、「生意気な奴」なんて思われていただろうけど、
深く接してみると、やっぱり生意気な奴だと思われていた。

副産物としては、別の意味で一目置かれる。

 

ただ相対的にみて、誰にでもあいさつする猛者に限って、あまりうだつが上がらなかったように思う。
ツンッとしている人のほうが、仕事の細部に気が回るし、班のメンバーの足を引っ張ることも無かった。

確かに、あいさつは大事だろうけど、
大晦日のカウントダウンみたいに、絶対にするものでもないだろう。

むしろ大事なのは、トーンだ。
場の空気で変えたり、相手の表情を察してスルーしてもいい。

スポーツみたいに、しっかり相手の目を見て、同時にやるのが自然だし、
そっちのほうが本気で声が出る。

畏怖の念というか、尊敬から込み上げてきた言葉こそ、あいさつだと思うのだ。

 

P.S.
108回同僚にズルいと思われたら、ごぼう抜きで出世する。

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