Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

この世は、ランナー図。

2016/12/23 0:00

学生のマラソン大会を観察していると、面白い。
トップを独走している人は、周りの声援がじぶんだけに降り注いでいるかのように、爽やかな表情をしている。

一方、遅れを取っている人たちはというと、
演技ですか?と突っ込まれんばかりの疲れ切った表情で、
それどころじゃないといった感じだ。

「あー、頑張って!」なんて声援されても、最初の「あー」が悲観的だし、走っている本人にも、ちゃんとそこは敏感に届いているものだ。

 

たとえば、高級車の車内なんかは、静かで快適だから、
高速でも、遠くに臨む景色を美しいと感じさせてくれる。

これがタイヤ接地音、風切り音が激しい安価な車だと、
そうはいかないだろうし、標識さえ意識が向かなくなる。

感情的になると、
聞こえなくていいものまで、聞こえてくるということだろう。

だから、普段の生活でも、
調子が悪いと感じたときなんかは、
テレビや新聞など、情報の騒音を遮断したほうがいいと思うのだ。

 

マラソンって、一塊が一斉にスタートしても、
終盤の先頭付近は、ちゃんとバラバラに差が開いている。

遠巻きに見て、左にポツポツと流れている姿が、
句読点「、」と「。」のようで、綺麗な文章のようだ。

最後尾付近は、ごちゃごちゃで、ただの乱文である。
なのに、ニタニタしているから完全な開き直りだろう。

それがどこか、この世の論理的な姿だとさえ思ってしまう。

まぁ、そんな感じで、
感情を排すると、見たくないものまで見えてくるのである。

 

P.S.
中途半端な順位ほど、ゴールして倒れ込む演技力。

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