Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

目を覚ますなら、気持ちも醒ますべきでしょ。

2016/12/19 0:00

「朝の目覚めが今の生き方」みたいに諭す本がある。
確かにその通りである。
で、楽しい毎日を過ごしていれば目覚めもいい、と続く。

遠足の当日ようにウキウキの朝を迎えよう、みたいな調和になっているが、
さすがに大人になって、毎日遠足のような出来事なんて早々ないだろう。

これを読むたび、「あ~暇なんだぁ」と思うのだ。

たぶん、仕事などで走り続けることが、楽しさであると勘違いしている。
マグロは泳ぎ続けないと死ぬ、みたいなお馴染みのフレーズを吹聴する社長もいたが、思想が子どものままなのだ。

 

人間は、寝ていても呼吸ができる。
「待つ」ことができるのだ。

映画『フォレスト・ガンプ』のラスト、
朝、息子の送迎バスを見送るとき、「この場所で一日中待っているね。」みたいなことを話しかける場面がある。

これこそ、最高の楽しさだと思うのだ。
何もしなくても、何も食べなくても、待ってることが楽しい。

目覚めの悪い朝のほうが、じぶんにとって何が大切かを振り返ることができる。

よくここまで生きてこれたなぁ、と走馬灯で回想できる利があるのだ。
そんな精神状態が、一番よろしいのではないだろうか。

 

朝、目覚まし時計で起きる毎日なんかも、
本当に辛かったら、脱する方法はいくらでも思いつくはずだ。

そんなことよりも、さぁ今から、他人に追い込まれている一日が始めるのか、
じぶんで追い込んでいく一日なのかだけは、はっきりさせたほうがいい。

朝は、それと向き合う時間である。
考えることで忙しい人ほど、立ち止まれるはずだ。

 

P.S.
朝は、「昨日までを生きた」という実感タイム。

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