Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

お子さまランチは、親のエゴ。

2016/12/17 0:00

ソフトクリームを手に持って食べるといった機会が随分減った。
たまに見かけるものの、カップかワッフルに盛って、スプーンでちょこちょこ食べるスタイルが主流である。

子どもの頃は、
コーンを斜めに倒しながら、こぼさないで食べている大人がかっこよく映ったものだが、
今は、コメダのソフトクリームは、始めから寝っ転がっている。

 

車をバックさせるときなんかも、
左腕を助手席に肩組みするように、後ろを覗き込で下がる大人の姿がかっこよかった。

実際、そんな運転をするのはあまり上手な人ではないと、大人になって分かるものだが、
子どもの目線からは、大人の何気ない仕草が、憧れの花に映るのだろう。

 

絵本だとか、かわいいもの、美しいものを子どもの目にたくさん触れさせようという勝手な風潮がある。

しかし、飲食店など至る所で、子どもがギャンギャン泣き喚く光景が散見され、
なぜ泣いているのかが親にも分からないでいる。

ママだけ、カフェでお洒落なマグカップで飲んでいるのに、
なんで僕は紙パックなの?
なぜ幼児イスなの?
低いレジはないの?
低い返却棚はないの?
あまりにも目線が違い過ぎて、だから泣きたくなる。

親と同じことがしたいのだ。
ソフトは、ハードの目線に憧れ、
ハードは、ソフトの目線に憧れる。

親が「あれ、かわいい!」なんて、ゆるキャラの着ぐるみに近づこうとするけど、子どもにとっては、ただの化け物である。
ソフト同士は、敵なのだ。

おままごとは、外出前の予備練習に過ぎないのだから。

 
P.S.
ソフトボールのくせに、硬式の2倍デカいのも、人間のエゴ。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

スポンサー広告

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

スポンサー広告