Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

原因はただの言い訳に過ぎない。

2016/12/12 0:00

いいムードの飲食店で、
たまに、厨房のほうからガシャーン!と大きな物音のするときがある。

スタッフたちが慌てて、「失礼しましたー!」と謝ってくれると、
まぁ軽い粗相があったのだろう、で場の空気はまた和やかに戻る。

そこは、「パートの〇〇さんが、食器を割りましたー!」までの情報は要らないし、かといって沈黙はもってのほかである。

とりあえず前向きさが見えたことで、「安心」を得ることができた。
対大勢のお店では、こういった徹底は肝要なところである。

 

しかし、対個人の場合だと、どうだろ。

何かのクレームで、責任者と称する人が登場したとき、
すぐに謝ってくる人ほど、今いちパッとしなかったのではないだろうか。

口調はペコペコしているけど、
どうも話の噛み合わない人が多かった。

だから、どうでもいい報告はあっても、肝心な報告がない。
お客さまが一番聞きたいのは、謝罪や原因でなく、今後の「成果」である。

 

職場なんかでも、処世術は、
報・連・相より「ゴマすり・沈黙・早起き」が大事だった。
他は、ひたすら成果さえ上げてればいい。つまりそれが「安心」である。

いくら「申し訳ございません!」が早くても、一生出世できなかったのだ。

そもそも謝罪は、ズルいとされた。

家庭や学校では、
すぐに謝れない子に向かって「まず謝りなさい!」と教えられる。
そこは、本人のモヤモヤが絞り切れるまで待つ方策がいいのではないだろうか。

真剣だからこそ、沈黙が謝罪になるときがある。

ほうれん草のおひたしも、水っぽいものは勘弁である。
ひと手間を惜しんで、ゴマ化さないように。

 

P.S.
笑い声だけデカい人も、妙にプライドが高い。

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