Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

ダイスは全目「1」がいい。

2016/12/08 0:00

この時期、玩具のパンフレットをよく目にする。
ラジコンは、買ってもすぐに壊れるし、
特にプロペラものなんか、一カ月飛んだ試しがない。

むかしは、子どもながらに「安い!」なんて叫んで、
親に買ってもらおうと誘発していたけど、
今や、価格が「9」のゾロ目だから、親は至って冷静である。

そんな価格設定が、
どうせAmazonで買うんでしょ、といった量販店の開き直り感が垣間見えるし、
商品そのものが軽く感じるのである。

 

たまに、おもちゃ屋さんを回っていると、
今でも「人生ゲーム」が置いてあって、野球盤くらいに懐かしい。

双六の中だけとはいえ、結婚して、子どもが増えて、離婚して。
「へぇ~ここでお祝い金かぁ」なんて、遊びながら学習していたものだ。

人生も、ダイスという運に頼りながら、
苦悶を上手に飛び越えていくものだ、とそう想像していた。

ところが実際は、
「ゲーム人生」とか「野球人生」などのように、
前後をひっくり返しただけの、肩書を目指しているのである。
そして、一応は納得のいくバラ色人生だっただろうと。

しかし、そんな呼び名自体も、どこか軽く聞こえるのだ。

 

死ぬとき「あの人、一体何だったの?」くらい、
タブーの「消える魔球」こそ、個性というものだ。

ダイスは運ではなく、発想だ。

じぶんで創ったものだからこそ、
容赦なく壊すことができる。

プロは、例外なく壊し屋である。

もはや完成形が見えてしまったら、
テーブルをひっくり返してでも、「創ること」に食らいつくのである。

 

P.S.
全部の穴を刺されても、絶対飛び出さない黒ひげ危機一髪人生。

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