Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

共感の連動。

2016/12/02 0:00

ジワジワと部屋が暖まってきたら、
ファンヒーターから、エアコンだけに切り替えるなどして、
2つの暖房器具をうまく連動させている。

しかし、
急な寒さをしのぎたいときに限って、灯油がなくなる。

特に朝だ。
空っぽを知らせるアラームが、『エリーゼのために』である。

「悲しい」という意味だろう。
確かに、悲しい。

でも、どちらかというと「今!?」の、青天の霹靂に近い。
そこは、『チャララ~ン、鼻から牛乳~』曲でズッコケたほうが、
みんなが笑えて、元気が出ると思うのだ。

 

閉店間際の『別れのワルツ』なんかも、
たった今入店して、買いたい物を急いで探している人には、
「きょうは諦めなさい。」の嫌味に聞こえなくもない。

百も承知しているBGMが、かえって人を置き去りにするのである。

 

人と会話するときも、
話題がちょっとズレているなぁ、と感じたりすることはあるが、
でもそこは、相手が好きな人であれば、納得して聞くことができる。

ただ、テンションというか、
テンポが合っていないときに、どうしても違和感を受けるのだ。

前回会ったときの別れのテンポが、
そのまま引き継がれているかどうかである。

じぶんにだけ楽しい事があった、悲しい事があった、
の壊れたラジオテンポだと、排気ガスのように鼻につくのだ。

 

寒冬の時もあれば、暖冬もある。
でも、春夏秋冬は必ず連続している。

人も自然である。

喜怒哀楽という緩急があっても、
「温もり」だけは途切れないから、また会いたくなるのだ。

 

P.S.
人感センサーや、「小部屋」ボタンとか、余計なお世話である。

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