Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

絵空事のトリック。

2016/11/11 0:00

買ったばかりの新品、ん万円のブルゾンがなにかに引っかかって、
傷が入ったりする。

買ったばかりのケータイも、必ず落とすといっていい。

部活動でも、新しいスパイクを履いてきた人のを最初に汚すと、
縁起がいいとして、誰かが必ず踏んでくるという慣習があった。
あれは理解に苦しむところだったが。

大切にしていることが、
周囲に伝わるとジャマが入るとしか言いようがないことが多々ある。

 

さて、たいてい本には、本文に太い文字(強調部分)がある。
すっかり定着しているスタイルだ。

たしかに、全体的な文章のアクセントにもなり、
サクサク読んでもらう意味では、寄与しているのかもしれない。

だが、見つけやすいというところが怪しい。
そこが抑揚の頂点だと思って、すぐに安心して次へいってしまう。

 

すると、
もう頭で描写できない。

 

著者が描く、憶測の範疇(はんちゅう)に留めた大切の絵だ。
露骨には書けないことがあるのだ。

映画でも、
ひと安心したときや、相手を見くびったときなんかは、
往々にして、大事件の前触れである。

だから、
ちょっとくらいの不運に晒されながらも、
全体のリズムを感じていたほうが、本質を見極められるのかもしれない。

 

P.S.
ストレート過ぎる表現ほど、実はあまり関心がない。

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