Hira2’s.diary

そらはいつだって淡々としている――。

先人(せんじん)の芋掘り。

2016/11/05 0:00

小さいころ、芋掘りをした記憶がある。

ひとつのつるに、たくさんの芋がくっついているから、
また面白い。

だいこん並の大きさや、ベビーキャロット並の小ぶり。

バラバラで不均等なものを、
どのように、みんなで分けるかを考えるから、
今もまだ、幼児や児童の恒例行事として残っているのだろう。

 

今思えば、
じぶんが獲った芋だけじゃない、友達のぶんも入り混じって、
持ち帰ることが嫌だったような気がする。

大人になると、これがなかなかできない。

お金はじぶんで稼ぐものと、社会で学ぶ。
それを家族のために使うことはあっても、他人と分けることは基本ない。

では、「夢」はどうか。

他人の夢には気に留めず、じぶんや家族だけを崇高とあがめてしまう。
しまいには、「人に夢を与える」とまで言い出す始末である。

 

誰も、「神さまになりたい!」とは言わない。
でも、「あの人のようになりたい!」は言うのだ。

しかし、そのご指名に預かった「あの人」とは、
たんに有名だから知った存在だ。

 

すると、
他人の無名時代も、金の芋だ。

 

じぶんのに入り混じってないと、もったいない。

 

P.S.
「獲ったどー!」じゃなくて、しれっと他人に獲らせる先人。

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